高次脳機能障害
高次脳機能障害とは
高次脳機能障害とは、脳損傷により、言語、行為、認知、記憶、注意、遂行機能、社会的行動などの高次の精神活動が障害された状態のことをいうとされています。
かつて、高次脳機能障害といえば、失語、失行、失認といういわゆる巣症状(局所症状)を意味する時代もありましたが、平成13年度から開始された厚生労働省による高次脳機能障害支援モデル事業等により、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害が注目されるようになりました。そして、このモデル事業で高次脳機能障害の診断基準が作成されました。
自賠責保険における高次脳機能障害の認定基準
自賠責保険においても高次脳機能障害を後遺障害として適切に認定するべく、高次脳機能障害認定システム確立検討委員会が発足しました。
同委員会は、平成12年12月18日付で「自賠責保険における高次脳機能障害認定システムについて」と題する報告書(以下「認定システム報告書」といいます)を作成し、脳外傷後の急性期に始まり多少軽減しながら慢性期へと続く、全般的な認知障害や人格変化を典型的な症状とする特徴的な臨床像を「脳外傷による高次脳機能障害」と定義しました。
そして、自賠責保険では認定システム報告書に沿って高次脳機能障害の後遺障害認定が行われるようになりました。
認定システム報告書では、とりわけ、
①CTやMRI(形態画像)の所見
②6時間以上継続する意識障害の存在
③頭部外傷を契機として具体的な症状が発現し、次第に軽減しながら症状が残存するという症状の経過
この3つの所見が重要視されており、自賠責保険における後遺障害の認定実務ではこれらの所見の有無を中心に検討が行われていると考えられます。
しかしながら、認定システム報告書の内容は前述のモデル事業で作成された診断基準とは異なっているため、医師から高次脳機能障害と診断されて精神障害者手帳が発行されている場合であっても、自賠責保険では高次脳機能障害とは認定されないケースが多数存在します。
自賠責保険が重視する所見が認められないからといって事故による高次脳機能障害が否定されるべきではないこと
当事務所においても、過去に上記①から③の所見が医療記録上確認されないために、自賠責保険において高次脳機能障害と認定されない事案を多く経験してまいりました。
しかし、上記①から③の所見が医療記録上確認されないからといって、高次脳機能障害が認定されないことには非常に大きな問題があると考えています。
すなわち、①については、CTやMRIによって全ての脳損傷を明らかにできるわけではないため、これらの所見が確認できないからといって、高次脳機能障害を否定することはできないと考えられます。そして、CTやMRIでは捉えられない脳損傷を、SPECTやPET等の機器を用いて明らかにすることもできると考えられ、これらの所見が脳損傷の証拠として認められるべきと考えています(当事務所が携わった札幌高裁平成18年5月26日判決では、CTやMRIによる画像所見が認められない事例において、裁判所が高次脳機能障害を認めました。)。
②についても、意識障害が軽度もしくは存在しない場合でも、高次脳機能障害を発症する場合があるとする医学的な指摘もあり、その不存在をもって高次脳機能障害の発症を否定すべきではありません。また、特に軽度の意識障害については、急性期において的確に把握されない場合があり、意識障害がある症例でも、意識障害がないと評価されている(見落とされている)こともあり得るものと考えられます。
③については、認定システム報告書にもあるとおり、高次脳機能障害は「見過ごされやすい障害」と言われ、医師ですら見落としてしまうこともあるといわれています。脳外傷後、適切なフォローがなされず、事故発生から相当期間が経過してから高次脳機能障害が判明したような場合、急性期の症状が次第に軽減しながら残存するという経過を記録でたどることができませんが、このようなケースは、見過ごされやすいという特徴を有する高次脳機能障害が顕在化する典型的な経過ともいえると考えます。
それにもかかわらず、急性期から慢性期にかけて次第に軽減するという経過を医療記録上でたどることができないことを大きな理由の一つにして、脳外傷による高次脳機能障害を否定することには大きな問題があると考えています。
最後に
以上のとおり、認定システム報告書が重視する各所見は絶対的な必要条件のように扱われるべきではないにもかかわらず、現状、自賠責保険や裁判実務では、上記①ないし③の所見が重視された認定が行われていることも事実です。
当事務所としては、このような認定実務を変えていかなければならないと考えていますが、他方で、これらの所見が存在する事案では、それを適切に医師に記録化してもらい、確実に後遺障害の認定を受けることが重要であると考えています。
交通事故で頭部を強打したり頭蓋内に出血が認められたなど、脳損傷が強く疑われるようなケースや、これらの所見がない場合でも周りから見て人格が変わってしまったとお感じになられるような場合、なるべく早く適切な検査を受けたうえで、診断を受ける必要があると考えられます。
そして、高次脳機能障害の程度に応じた適切な等級認定を受ける必要があります。
以上を踏まえて、交通事故による高次脳機能障害の発症が疑われるケースについては、自賠責保険や司法実務の現状を踏まえて、早期に適切な検査を受け、カルテに現在の生活状況が正確に残される必要があります。とりわけ、交通事故により頭蓋内出血が生じたようなケースについては、早期に弁護士に相談することをお勧めします。